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始めた頃からシンプルで
後ろで支えているドラムが好きだった
●まずはソロ・アルバム完成おめでとうございます。
○どうもありがとう(笑)。
●いつ頃から構想を練り始めたんですか?
○いつ頃だっけ?(とマネージャーに聞く)
マネージャー:去年のARBのツアーが終わった段階で、今年の年間スケジュールというのが出たんですけど、その段階で今年はARBがあまり活発には動かないんで、その間に何かやりましょうと。そこでバンド(KEITH&TIGHTROPES)を組んで、ライヴ(KEITHがプロデュースしたイベント、GROOVIN'NIGHT)をやったりして、盛り上がって“ソロ・アルバムも作りましょう”というところですよね。当初も作ろうかという計画でもあったんですけど。
●ライヴではジェイムス・ブラウンなどの往年のファンク・ナンバーなんかもプレイしていましたが、アルバムには収録されてませんね。
○そうですね、アルバムでは自分が聴いてきた曲、影響を受けた曲をカバーしようと思ったんですけど、日本語の曲がいいなと思って。R&Bのカバーはみんなやってるしね。
●あえて自分のアルバムでやらなくてもいいかと。
○そうだね。歌謡曲とかの方が面白いんじゃないかなと思って。そういう曲をカバーしてるのってあんまり聴いたことないから(笑)。
●歌謡曲もありますが、グループ・サウンズの曲も多いですね。
○グループ・サウンズにはすごく憧れていたんですよ。リアル・タイムに聴いたものだし。
●かなり影響を受けましたか?
○受けましたね。それを見てプロになりたいと思ったんですよ。
●ドラムを始めたのもグループ・サウンズがきっかけですか?
○そうだね。、モップス、ゴールデン・カップス・・・・・・あのへんが好きだったね。
●本格派とされていたグループですね。
○グループ・サウンズってテレビに出る時は日本語の、作曲家が書いた曲をやるんだけど、ライヴでは向こうのカバーをやるんです。それがカッコ良くて、これとういうバンドなんだろうと思って、向こうの曲もいろいろ聴くようになって。でもきっかけはグループ・サウンズ。
●でもなぜドラムを選んだんですか?
○ギターも買ってもらったんですけど、でもいろいろと覚えることが多いでしょ?それで俺には向かないと思ってさ(笑)。ベースにも挑戦したな。でもやっぱり合わなくて(笑)。で、ドラムをやってみたら、けっこうすんなりできたんだよ(笑)。自分の性格に合っていたんじゃないかな。すぐにコンテストに出たりしてね。で、これはイケるんじゃないかと思って東京に出てきたんですよ(笑)。
●もともとリズム指向というか、音楽を聴くと自然とリズムに耳が行く方だったんですか?
○最初はドラマーが後ろで叩いているのがカッコいいなと思ったんですよね。ザ・タイガースの瞳みのるさんとか、カッコいいなと思ってた、瞳さんには華があったんだよ。ジュリー(沢田研ニ/Vo)とかスターの後ろなんだけど、すごく光ってるというかさ。もちろんリズムも好きなんだろうしね。シンプルでありながら、後ろで支えているっていうのがよかった。
●最初からバックに徹する意識があった?
○そうだね。最初からチャーリー・ワッツみたいになりたいと思ってたし。チャーリーは瞳さんとは反対ですごくマイ・ペースな感じでさ、そういうのがカッコいいなと思った。ハード・ロックが流行っても、聴かなかった。シンプルな音楽ばっかり聴いてましたね。それから歌が好き。
●それはソロ・アルバムのコンセプトに通じるものですね。ボーカルとドラムの関係が好きというのは、始めた頃からだったんですね。
○そうですね。
●派手なドラミングに憧れたりはしなかった?
○ちょうどその頃、レッド・ツェッペリンとかがドーンと出てきたんですけど、俺はやっぱりストーンズの方が好きだったなぁ。ボンゾはすごいなぁって思ったけど、自分のスタイルじゃないなって。
●最初の頃はどんな練習をしてました?
○もうコピーばっかり。グループ・サウンズをやってました。その後、東京に出てきて、ブルーコメッツやつのだ☆ひろさんのバンド・ボーイをやってたんだけど、そこで初めてドラムって難しいなって思ったんですよ。基本の大切さを知った・・・・・・んですけど、まだ若いから、ほら、もう、すぐにでも叩きたいじゃない、やっぱりコピーばっかりしてました(笑)。今の方が基本はやってますね。
●バンド・ボーイの時代にはドラムについてどんな事を教わりました?
○何も教えてくれないですよ。見て覚えろって。練習してると先輩に怒られる(笑)。自分が仕事をしているときに、お前は何をやってるんだって。バンド・ボーイの中にもランクがあって、最初は靴を磨いたり、衣装を揃えたり、楽屋の番をしたり。ステージの横には経験を積まないといけないんですよ。
●練習はどうしてたんですか?
○帰ってから。先輩がやってるのを見て覚えて。今みたいに教則ビデオや音楽学校もなかったし。
●ブルーコメッツに付いたというのは、どういうきっかけだったんですか?
○田舎だったんで、バンドやってると不良だって言われたんですよ、その頃。でもブルーコメッツはちゃんとスーツを着てて、髪も短かったから、それならまだいいだろうっていうずるい考えで(笑)。それから(音楽的な)基本もちゃんとしてたし。譜面もバッチリだったんで。音楽性が高かった。ただ、自分のスタイルではなかったんだけど(笑)。
●自分から弟子入りしたんですか?
○そう。秋田に来たときに楽屋に押しかけて"バンド・ボーイにしてください"って。高校3年のとき。でもだめで、今度は冬休みに東京に押しかけて。"じゃあ、卒業してからおいで"って。
●そうとう覚悟があったんですね?
○プロになりたいってすごく思ってましたね。それ以来ずっとやってるから、普通の仕事は全然したことない。その頃は一旗上げるまでは帰らないって思ってたよ(笑)。
●「仁義なき戦い」でKEITHさんの半生が語られていますが、そこで"いくつものバンドを転々と"という下りが出てきますね。
○ARBの前にはアイドル・グループにいたこともあるし(笑)、フォークのバックもやったことあるし。最初はプロとしてデビューできるってだけで嬉しくてやるんだけど・・・・・ああ、テレビに出れるぞ、とかさ(笑)。でもやっぱり合わなくてね。特にアイドル・バンドはね。
●"ARBはアイドルだった"と伝説的に語られていますが、そんなにアイドル・グループ然としてたんですか?
○アイドルっぽかったよ。ユニフォームを作ってさ。ベイ・シティー・ローラーズみたいな感じだよ(笑)。そういうのが嫌で(デビュー当時に所属していた事務所から)独立したんだよ。
歌を邪魔しない
曲にはまったドラムを
●このアルバムのドラミングは、これまでで一番パワフルですね。
○自分でも集大成って言ったらおかしいけど、そうなったかなって気はしてる。楽にやれたし。堅さがとれたかな。前はレコーディングって嫌いだったんだけど、今回はすごく楽しかった。
●レコーディングはどのように?ドラムを先に録ったんですか?
○そういうのもあるし、ボーカルも含めて、全員で一発録りもあった。シオンとやった「東京」はそう。昔のやり方だね。「黒いはなびら」「唐獅子牡丹」「さすらい」は打ち込みと生のドラムと一緒にやった。
●そういうアイディアはプロデューサーから?
○いや、話し合って。今回は打ち込みも面白く使えたと思う。前はそういうの、好きじゃなかったんだけど。自分で聴いても違和感ないし。
●曲の基本的なアイディアはKEITHさんからそれぞれのプロデューサーに伝えた?
○そうですね。「東京」と「番長シャロック」は曲を渡して、アレンジは任せた。で、持ってきたものを聴いて、ここ。ああしよう、こうしようと。
●3人のプロデューサーから注文されたことは?
いや、もう好きにやってと(笑)。そういうところもやりやすかったし、そういう感じだから、こっちからもアイディアが出しやすかったですね。
●曲ごとにボーカリストを立てるというのは、最初から考えていたことなんですか?
○そうです。選曲をした段階で、この曲は、この人が歌うといいだろうなって。それで頼んで。選曲とボーカルの人選はぴったり合ったと思います。
●ARBの場合だと、凌さんとはずっと一緒にやっているんで、レコーディングでドラムを先に入れる場合でも、すぐにボーカルをイメージできると思うんですが、今回はいかがでしたか?ボーカルとドラムの関係性を大事にするKEITHさんにとってはやりづらい面もあったんじゃないですか?
○いや、全然ないです。最初からイメージができてたから。その人に合うだろうと思ってアレンジもしているし。みんな想像以上にやってくれました。
●しかし本当にドラマーのソロ・アルバムとは思えないボーカルが聴こえてくるアルバムになりましたね。1曲ぐらいドラムの曲もやろうかなって思いませんでした(笑)?
○いや全然ないですね(笑)。ドラムがっていうんじゃなくて、全体としていいものにしたかったんですよ。どの曲もちゃんとバンド・サウンドになってると思う。昔からやってるような感じで。
●自分のソロ・アルバムでドラムを叩くということで、何か意識したことはありますか?
○いままでARBでやってきたことをそのままやるというか、より自分らしくやろうと。
●ソロ・アルバムだからって気負うこともなく。
○逆に自分の作品だからリラックスしてできたよ。
●ドラムのサウンド的にはどうですか?
○それはプロデューサーと話し合って。まあ、一番は歌なんで、歌を邪魔しないようにっていうのは考えた。音的に新しいものをやろうとか、リズム的にどうのこうのっていうんじゃなくて、歌、曲がどう生きるか。新しいこともやってるんだけど、そこだけが目立つんじゃなくて、曲として成立するように。だからとりわけ目立つリズムとか、目立つオカズとかはないでしょ(笑)。ばっちり曲にはまっているものばかりだと思う。そういう意味ではドラマーのソロ・アルバムとしてはいいのかどうかとは思うけど(笑)。でもトータルで音楽として成立しているものを目指したわけだから。自分でもそういうものを聴きたいしね。いろいろなタイプの曲があるから聴いてて飽きないと思うし。
●とは言え、統一感がありますね。
○そうだね。そう言う意味では100%俺が出ているってことなんじゃないかな。
俺らしい
温かいリズムが叩きたい
●ドラムを辞めたいと思ったことはありますか?
○何回もありますよ。ARBの前はバンドを始めても音楽性が合わなかったりして・・・・・ARBを始めても、いろいろ波があるから、このままでいいのかなって思ったし。今でもありますよ。身体がついていかないなとか思うとさ(笑)。
●身体、ついていかないですか?
○だからジムに行ったり、酒をちょっと抑えめにしたりしてますよ(笑)。それからドラムの先生について基礎からやり直したり。楽に、力を抜いて演奏できるようになりたくて。それに俺がダメになってバンドのイメージが悪くなったりしたら、嫌だから。
●今でもそうやって向上心を持てるというのは、すごいことだと思うのですが。
○根本的に好きなんでしょうね。それにこれしかないから。周りにも恵まれてるね。励ましてくれるし、支えてくれる。ファンの人も、まだ聴きたいって言ってくれるし、俺のドラムでもさ(笑)。
●俺のドラムでもってことはないですよ(笑)。
○いや、でも他にうまい人、いっぱいいるよ。ARBにしたって、そんな中から、俺とやってくれるっていうのは、嬉しいことだよね。俺にも何かがあるんだなって。そういうのがある限りはまだまだ頑張って、直すところは直して、やれるところまでやっていこうと思ってる。
●すでにKEITHさんのスタイルっていうのがありますよね。
○だからもっと追求していきたいんですよ。自分のドラムがもっと気持ち良くなればいいなと。まだまだ叩いてて不安になることもあるし、自分でも心底、楽しめて、聴く人も安心して聴けるドラマーになれたらいいなと思いますよね。そのためにはやることはまだまだあるだろうしね。
●そうやって改めて練習を重ねることで、自分のドラミングの変化は感じますか?
○ちょっとまろやかになったんじゃないかな。若い頃は鋭角的だったから。リズムに幅も出てきただろうし。このままもっと練習していきたいね。でさ、できなかったことがちょっとずつできてくると、嬉しいんだよね(笑)。
●ドラムを始めた頃のような新鮮な気持ちが蘇ってきますか?
○そうだね。今はTIGHTROPESでもARBでも、昔みたいに楽しくやれてる。
●ソロ・アルバムの話に戻りますが、しかしなぜタイトルが『親孝行』なんですか?
○漢字にしたかったんですよ。日本人だしね。やってるリズムも日本的なんだと思うんだ。レッチリみたいな16をやっても、やっぱり全然違うもん。俺が叩けば、俺は日本人だからきっちりした16のノリでもないだろうしね。それが合ってるかどうかは分からないけど、俺は俺らしい、温かいリズムが叩ければなと思って。正確なリズムじゃなくても温かいリズム
がいいね。で、タイトルはいろいろ候補があったんだけど、ああ、これは誰も使ったことないだろうなと思って。アンバランスなところがいいですよね(笑)。ジャケットを見てもらえばわかるけど、裏ジャケなんか、親不孝だからね(笑)。
●"Story of Man The Life in JINGI=仁義に生きる男の物語り"とサブ・タイトルがついていますが、KEITHさんのドラムに対する仁義とは?
○恥じないようにやりたいなと。ドラムって誰が叩いても鳴るしね。だからそれを俺がもっともっとよく鳴らしてあげないとドラムが可哀想だよね。ほら、うまい人が叩くと同じドラムで音が違うでしょ。ポンタさんなんてどんなドラムを叩いてもいい音を鳴らすもんねえ。そうなりたいよね。
●では音楽に対する仁義は?
○人を感動させたいというか・・・・・・聴いてほっとしてくれたり、涙流してくれたりとか、やる気が出たりとか、それができれば十分だと思う。それができるようになるにはやっぱりそのためのテクニックが必要だと思う。全部同じパワーで叩くんじゃなくて、聴こえない音があってもいいんだと思うんだ。そうじゃないんだったら機械で全部やればいいんだしね。でもそれだと人の歌とは調和しないんじゃないかなあって思ったりするんだよね。泣きたいときに、泣きたいようなタイコが叩ければ・・・・・。そういう意味ではまずは歌ってくれた人にドラムが伝わればいいなあと思う。
●歌っている人に伝われば、聴いている人にも伝わるはずだと。
○そうそう。今回は歌ってくれたみんなが喜んでくれたんで、俺のドラムが伝わったかな(笑)。いや、でもほんと3人のプロデューサーが俺の良さを引き出してくれたと思うんだよね。これまでやってきたいろいろな要素が出ているし、新しい面もある。ほんと集大成になったと思います。
KEITH賛江
盟友、石橋凌より
Q1 KEITHさんと初めて会ったのはいつですか?
●1976年のある暑い日、渋谷にある古い貸しスタジオで。非常に笑顔が優しい男だなと思った。
Q2 KEITHさんと初めて一緒に演奏したとき、どんな印象を持ちましたか?
●九州のアマチュア時代に書いたオリジナル曲とカバー曲等、数曲をやったんだけど、温かい音を出すドラマーだなと思った。
Q3 長年、一緒に演奏してきて、KEITHさんの変わった部分と、変わらない部分はどこでしょう?
●一番変わったところはヘア・スタイル。ずっと変わらないところはシンプルなドラミング。
Q4 KEITHさんは「石橋凌のバックでドラムを叩くのが好きなんだ」と発言されてますが、凌さんにとってKEITHさんのドラミングというのはどんな存在なんでしょうか?
●俺自身、ARBを通して歌っていきたいと思っている。そして興味があるテーマは"人間"。KEITHのドラミングはその人間臭さだと思う。まさにヒューマン・ドラマーです。
Q5 KEITHさんのドラマーとしての魅力は?
●1和を大事にするドラマー
2ヤクザなドラマー
3絵になるドラマー
4誰よりもARBを愛するドラマー
Q6 KEITHさんの人柄を物語る印象的なエピソードがあれば教えてください。
●あるとき、新宿駅で倒れ、皆で病院へ担ぎ込んだ。虫の息だったので、枕元で"KEITH!最後に言い残すことは?"と聞いたら、他の患者さんを世話している看護婦の後姿を見て、"リョウ、あのケツ、グッと来るよな"だって。点滴の管に息を吹き込んでやろうかと思った。
Q7 KEITHさんへ誌面を通じて一言お願いします。
●ファースト・ソロ・アルバム完成おめでとう。これからも一打入魂で一緒に走っていこうや。