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ARB
ブッシュの不思議な夜
Strange Night In BUSH
石橋凌とボク達はオーストラリアで
ブッシュにキャンプに行った。
そしてそのブッシュで過ごした一夜は
とても不思議なものだった。
ニュー・アルバム『SYMPATHY』をオーストラリアでレコーディングしたARB。色々なエピソードやトラブルがあったと思うが、もし石橋凌に”今回オーストラリアに行って一番印象に残っているのは!?”と聞いたら、”チャーリー達とブッシュ(ヤブ、森)で過ごした不思議な一夜”と答えるのではないだろうか。それほど、あの体験は印象的であった。
今回ARBの『MURDER GAME』という曲にオーストラリアのゴンドワナランドというグループのリーダー、チャーリー・マクマホンが参加している。彼の奏でるディジュリードゥーという楽器はアボリジニーの民族楽器で、風の音、雨の音、カンガルーの走る音、鳥や犬の鳴き声などを再生することができる”太古のシンセサイザー”もたいなものだ。
ゴンドワナランドはチャーリーのディジュリドゥーにシンセサイザー、ドラム・パーカッションの3人グループだ。今までに3枚のアルバムを発表しており、ミッドナイト・オイル、ブライアン・フェリー、シャーデー、ザ・ザなどと共演している。映画「マドマックス3」のサウンドトラックも製作している。また昨年オーストラリア建国200周年記念のイベントで富田勲と共演している。これは日本でも大々的に放送されたので記憶にある人もいるのではないだろうか。チャーリー単独ではタキシード・ムーン、ジョナサン・リッチマン、タージ・マハール、レジデンツなど数え切れないほど共演している。
ここで少しチャーリーの紹介をしておこう。チャーリーは幼少期にブッシュで育ち4歳の時からディジュリドゥーの演奏を始めた。ブッシュで育ったことが彼の人生に大きな影響を与えることになる。一家がシドニー郊外のワーキング・クラスの住宅を引越しをし、チャーリーはロケット遊びに夢中になるが、16歳の時、爆発事故で右手を吹き飛ばされてしまう。それ以後彼は右手のかわりに鉤爪を付けている。シドニー大学を優秀な成績で卒業をし社会学と都市計画の教師の資格を得る。しかし、アカデミックな世界にうんざりし、ブッシュに戻り、オーストラリア政府のアボリジナル関係者のアドヴァイザーに任命された。チャーリーはそこでアボリジニーが先祖伝来の土地に戻りたいという希望を知る。そして彼は6年間アボリジナル・コミュニティーのために働いた。水などの必需品を供給したのだ。ブッシュの仕事の合間にゴンドワナランドの1stアルバムをレコーディングし、ミッドナイト・オイルと共に全米ツアーを行った。また砂漠やブッシュでのキャンプ・コーディネーターも務めている。オーストラリアが中心舞台となるヴィム・ヴェンダース監督の次作「世界の果てまで」のロケ・アドヴァイザーはチャーリーが担当した。今頃チャーリーはゴンドワナランドでアボリジニーの部落を回るツアーに出ていると言っていた。
レコーディング中チャーリーと色々話し合った石橋凌はすっかり意気投合し、チャーリーのブッシュの話に非常に興味を持った。”ブッシュの中には目に見えない何かがいるんだよ。精霊みたいなものを感じるんだ”と、チャーリーは言っていた。今回、オーストラリアへ取材に訪れる時、スタッフの人達と話し合ったのは”普通のレコーディング・レポートだけじゃ面白くない。何か面白いことを企画しよう”ってことだった。しかし、その企画は具体的な案が出ないままARBはオーストラリアに旅立った。そこで、チャーリーの話に興味を持った石橋がそのことを話すと”じゃあブッシュに一泊しに行かないか!?”と。チャーリー、石橋凌、ビクターのA氏、コーディネーターのY氏、カメラマンのT氏、ボクの6人でブッシュにキャンプに行くことになったのだ。チャーリーとの偶然の出会いから、このような企画が実現したのだが、今考えるとこのチャーリーとの出会いは、石橋凌にとって偶然ではなく必然のように思えてならない。
7月31日朝出発することになった。オーストラリアはちょうど真冬だ。キャンプの用意は全てチャーリーがやってくれる。ボク達は枕と毛布を用意すればいい。早朝、モーテルのオバさんに見つからないように部屋の毛布と枕を運び出す。知らない人が見たら夜逃げでもしようとする集団だ。チャーリーのトラックに石橋が乗り、ボク達4人はレンタカーのジープに分乗して出発した。目的地はシドニーから300〜400キロ離れた所だ。車で5,6時間かかるらしい。気が遠くなるほどのハイウェイをひたすら走り続ける。チャーリーの車は意外にも遅い。外見は相当いたんでいる、簡単に言えばオンボロ車なのだ、ところが・・・・・・・。
季節がら天候は目まぐるしく変わる。晴れていたかと思えば突然の豪雨におそわれたり、30分後にはまた晴れたりと。なにしろ一番の不安は雨なのだ。テントなんてない。寝袋と毛布しかボク達は持ってきてないのだ。チャーリーは大丈夫だと言っているが、正直言って不安が残る。雪は降らないにしても真冬なのだ。ブッシュに入る前に酒や肉を買うために街に寄った。それは街と呼ぶにはあまりにも小さい、いくつかの店が並んでいるさびしい所だった。まるで北海道の小さな村にある商店街みたいな。実はこの街がチャーリーが育った街だったらしい。ブッシュの入り口はもうすぐだ。雨上がり太陽の光が差し込んでくると巨大な虹が目前に現われた。誰かが”目の前でこんな大きな虹を見るのは久しぶりだ。東京で虹なんて見たことないな”とポツリと言った。
ブッシュの入り口に到着する。時間は3時をまわっている。早くしないと陽がくれてしまう。ブッシュの奥へ進むにつれ道は狭くなり、荒々しくなってくる。木が倒れてたり、川を渡ったり、下手な遊園地のジェット・コースターより、よっぽどスリルと緊張感がある。日本人の感覚から言えば、ブッシュは森とかヤブというより山林だ。場所によっては崖になっている所もいくつかあった。勿論ガードレールなんてない。ボク達の車はコーディネーターのY氏が運転していた。ジープを運転するのも、こういう所を走るのも初めてらしい。とても初めてとは思えない巧みなドライヴィングだったのだが、チャーリーの事を見失ってしまうことが度々あった。チャーリーのオンボロ車がブッシュに入った途端スーパーカーに変身してしまったのだ。けもの道のようなところを時速50キロ以上で走っていくのだ。見失ってしまうのも無理はない。何度か道に迷ったり、沼地に車輪をとられたりしながらもなんとか目的地に到着した。そこは山の頂上で回りは木に囲まれてて何もない。陽は沈みかけていたので、いそいで火を起こすための木を拾い集める。日がくれると明かりは、たき火と月の明かりだけだ。慣れた手つきで石橋がみんなの食事を料理してくれる。たき火を囲んで星を見ながらみんなで食事をする。風がもの凄く強く、周りの木を大きく揺らして変な音をたてているが、不思議と安心感がある。何か大きなものがボク達の回りを包み込んでいるような。空には数えきれないぐらいの星が見える。
「今日料理作ってた時、バイト時代コックやっていた頃のことを思い出したよ。しょっ中思い出すね。今日、山登ってた時ずっと写真撮ってたじゃない。信じられなかったのね。何でここにいるんだろうって。だってもしタイミングがずれてARBへの誘いの電話がなかったら、久留米か博多、または東京でフライパン握っていたよね。本当に。それが音楽をずっとやってこれて、オーストラリアでレコーディングして、チャーリーみたいな人と出会って今こういう体験をしているっていうのは不思議だよね。ただその不思議っていうのが振り返ってみると偶然じゃないみたいな。シャーリー・マクレーンの本を読んで、自分の中で解決された部分があるんだよね。例えばバンドをやっていて、来年のツアーのことやレコードのことで凄い悩んだ時期もあった。でも子供の頃から考えて、全部どこかで、その瞬間マイナスだったものが、いつの間のかプラスに変わっているというか。俺の場合、バンドをやってきたことで肉体的にも精神的にも凄いタフになった。だから偶然っていうのは絶対ないっていうか・・・・・・。どっかで力が作用してね。勿論プラスにしようとする努力もあるだろうしさ。悩み事が起こるのも全部自分に返ってくるっていう。結局は自分自身なんだっていうさ。こうやって空を見てるんだけど、実は俺が俺自身を見てるっていうさ」と石橋は話してくれた。オーストラリアに行く前にインタヴューした時、彼はARBのこれからのテーマは”解放”だと言っていた。この日の彼には解放感が感じられた。ステージ上から感じられる痛々しいまでの緊張感からは想像もつかない。夜もどんどんふけていく。チャーリーが持ってきたディジュリードゥーを吹き始めた。不思議な音だ。大地の音とチャーリーのディジュリードゥーの音がシンクロして立体感ある音が生まれる。まさにその音は”言霊”だった。石橋は”言葉の魂だ”と言った。
石橋 チャーリー、ディジュリードゥーの最も重要なポイントは何!?
チャーリー ボクは4歳の時からプレイしてるけど、オーストラリアのことをイメージして、草原やブッシュや広大な大地の魂のようなものを表現しているんだ。言葉では表せないよ。4歳の時に”ああボクはディジュリードゥーのプレイヤーになるんだ!!”って感覚にとりつかれたんだよ。ディジュリードゥーはブッシュの心、風の音なんだよ。
石橋 チャーリーは自然を表現したいの。
チャーリー うん。エミューの走る音とか日の出の音とか・・・・息づかい表せるよ。とてもフィジカルな楽器なんだ。1時間もプレイすると心拍数が減るんだ。普通1分間に70回ぐらいなのが、プレイしたあとは26回ぐらいになっちゃうんだよ。
石橋 ディジュリードゥーは吸うのと吐くのを同時にするんだって!?
チャーリー そう。とてもリラックス出来るしハッピーになるよ。
石橋 誰かに習って始めたの?
チャーリー 映画を観て覚えたんだ。この近くに白人の農家があって、そこでディジュリードゥーを吹いてる映画を見たんだ。
石橋 そんな見様見まねで出来るもんじゃないでしょう。どうやって覚えたんですか。
チャーリー う〜〜〜〜ん・・・わからないなぁ・・・・・・。
石橋 自然に?
チャーリー まず音を出してみた。ごく当たり前にね。みんな自然に始めるんだよ。だってリョウ、君はナチュラル・シンガーだろ!?ボクはナチュラル・ディジュリードゥなんだ(笑)。
石橋 ARBの音楽をどう思う?
チャーリー とてもいい。パワーもあるし感動させるものを持っている。あいにく言葉は分からないけど(笑)。君らのフィーリングやメロディーが好きだよ。この頃は日本人がいっぱいオーストラリアにくる。国どうしがオープンになることはいいことだよ。
石橋 日本は豊かな国になって、大学生が親の金でオーストラリアに来て色々な所にくり出しているけど、単なるファッションで来ているだけで、世界中に出かけて行っても心は日本にしがみついたままなんだよね。
チャーリー 確かに。まぁオーストラリア人がホンコンに住んだって所詮はオージーなのと同じでね。このブッシュの中に住んでると今持ってる20ドルなんて、ただの紙きれでしかないから。ボクはそんな生活をしているんだ・・・・・・。ボクの音楽を日本で紹介出来たらうれしいなあ。
石橋 ボク達は海外でレコーディングするのは初めてだったんだけど、ブーム・クラッシュ・オペラのメンバーのプレイやディジュリードゥーのサウンドを知ることが出来てうれしかった。でも、ボクが今回一番重要に思ったのは、チャーリーの魂なんだ。それはとても価値のあるものだと思ったんだ。
チャーリー どうもありがとう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕らオーストラリア人と君達日本人は、お互い話し合おうとはしてるんだけど、オージーは日本人を恐れているんだ。日本の経済力に。それはアメリカだって同じはずさ。でもね、恐れはお互いの無知につながるんだよ!!本当のコミュニケーションは恐れをとり払ってから始まるんだよ!!
石橋 チャーリー『MURDER GAME』は日本での本当の話なんだ。これは奇妙でバカげたストーリーなんだ。なぜなら外国人は第2次世界大戦以降、日本は豊かになったアジアの大国だと思っているけど・・・・・。1945年以降日本人は幸せになろうって頑張って一生懸命働いた。そして、44年経った今、人々は現状維持のためにより一層働いている。そのため家族は次第にすれ違っていった。ここ10年の間に奇妙な殺人が多発しているんだ。親が子を、子が親を、教師が生徒を殺すような事件があとを絶たないんだ。
チャーリー そういった事件は昔もあったのかい!?
石橋 全然。でも今ではしょっちゅうだよ。豊かな暮しを得るため必要以上に働いているのは、みんな゛自分のためだ゛って答えるけど、本当は違うんだ。ボスや仕事のために働いているんだよ。
チャーリー 本当に日本ではそんなマーダー・ゲームをやっているのかい!?みんな働きすぎる前にリラックスしなきゃだめだよ。君達は「MURDER
GAME」で現代社会の避けられない事象を歌っているんだね。でも、もうそんなことを繰り返しちゃいけない。世界は変わっていくんだ。日本はもはやただ゛日本゛という一つの国じゃすまない、世界の一部になっている。お互いの事を思いやれば銃に頼ることも減っていくのに。アメリカなんて兵器に何十億ドルものの無駄な金を注ぎ込んでいる。一方福祉はどうだ!?病院は!?学校はどうだ!?世界がもっと教育や厚生に力を入れればもっと幸せになれるのに・・・・・・・。世界は日本から学ぶ素晴らしいことはいっぱいあると思う。ちょうど200年前イギリスがナポレオンを倒した時、世界はイギリスのものになった。しかし、今や日本が世界を握っているんじゃないか!?少なくとも、これから10年は日本がbPだ。
でもね、もしボク等と君らが10年前の日本にタイムワープしたら、きっとブッシュの中に着くと思うんだけどね・・・・・。
石橋は流暢な英語でチャーリーと話していた。話が途切れた。石橋は突然「アフター45」を歌い始めた。チャーリーがディジュリードゥーで演奏する。石橋の声とディジュリードゥーの音色は一体化し、まさに大地に声となって響いている。風の音、木が揺れる音、あらゆる音が一体化している。ボク達の周りは不思議な空間に包まれた。まるで森の精霊が石橋とチャーリーの2人だけのコンサートを見守っているかのように。そして、チャーリーが言った言葉を思い出した。゛ブッシュの中には見えない何かがいるんだよ。精霊みたいなものを感じるんだ゛。これは言葉では表現出来ない感覚的なものだった。「アフター45」の後、今回のアルバムに収録されている「SOUL
TO SOUL」も歌ってくれた。チャーリーと2人だけのコンサートはますます熱気を帯びてきた。観客は4人だけしかいないのに2人のテンションは1万人以上の観客を前にしているかのようだった。’89年6月1日代々木オリンピックプールでARBのライヴは行われた。アンコールの後、石橋はマイクを使わずに地声で「ドリーミング・ベイビー」を歌い、あのデカイ会場に声を響きわたらせた。あの場面にオーバーラップする。感触が似ているのだ。後ろを振り向いても誰もいない。でも、ボク達の周りを誰かが囲んでいる気配がする。それもたくさんの人々が。ブッシュの中にひそんでいる様様な精霊が、石橋とチャーリーのコンサートを見にきているのだ・・・・・と感じた。何かとてつもなく大きいものにボク達は守られていた。歌い終わると石橋は゛夜こんな大きい声で外で歌ったのは久しぶりだよ。東京でやったら怒られちゃうもんね(笑)。とにかく気持ちよかった゛。初め感じてた寒気もそれほど気にならなくなっていた。寝る頃になると雨が降り出した。毛布をいくら巻いても寒い。しかしなぜか安心していた。ブッシュがボク達を守ってくれていると感じてたからだ。
翌朝、山を降りて帰るまで何度も立ち止まり、石橋は記念写真を撮った。チャーリーがボク達に気をつかってくれてカンガルーのいる海岸によってくれたりした。石橋凌は゛解放゛に向かっていると感じた。これからも彼はストリートの上に立ち叫び続けるだろう。しかし、彼の立つスタンスは今少しずつ変わろうとしている。それが今後どういう形になっていくか分からないが・・・。チャーリーとあの夜話し合ったこと、歌を歌ったことなど今後の石橋にどう影響していくのだろう。
゛凌さん。このブッシュに行ったことはいつかARBに影響してくるんでしょ。例えばブッシュの歌を作ったりとか(笑)゛と言うと゛そうだね。いつ表われてくるか分からないけど必ず出てくると思うよ゛と答えてくれた。最後に一つだけ聞きたいことがあった。゛凌さんブッシュに行った時、何かが周りにいるような感じがしませんでしたか?゛と聞くと石橋は一言゛いたね゛と答えてくれた。
帰り道の途中、公園で休憩してスイカを食べた。石橋が゛今日何日だっけ?゛と聞いた。あと4日で日本に帰るのだ。これから石橋はシドニーに戻って、ジャケットの撮影のためにブリースベンに飛び立たなければいけない。帰途をいそぐことにした。ふと石橋のいたテーブルを見るとそこに真新しい文字が刻み込まれていた。
”’89・8・1・ARB”と・・・・・・。
special Thanks thee miffy city rollersさん、Rさん
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