1989年 宝島


ARBが、松田優作を追悼した夜

◆39歳の若さで亡くなられた松田優作氏。
11月19日松田氏を追悼する出来事が・・・。
石橋凌に松田氏をかたってもらった

 日本が世界に誇る俳優、松田優作氏が11月6日膀胱ガンで亡くなられた。日本はもとより「家族ゲーム」「それから」など俳優として海外での評判が高い。最近ではリドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」に出演し絶妙な演技を見せてくれた。’86年には初の監督作品「ア・ホーマンス」を発表した。この作品は小津安二郎的美学とブレードランナー感覚が合体した、今まで日本映画になかった異色の作品で、非常に注目を集めた。
松田優作の死は日本映画界のみならず、国際的な損失であったに違いない。まさに突然の悲報だった。
 松田優作氏の最初で最後の監督作品となった「ア・ホーマンス」の主演を演じたのが、ARBの石橋凌であった。’84年頃松田氏に石橋凌はバンド活動のことで何回か相談にのってもらったという。その時松田氏に”いつか映画というものを使って自分を出してみろ”といわれたらしい。そして、それを実現したのが「ア・ホーマンス」であった。この映画出演をキッカケに石橋凌は役者としても高い評価を得るようになる。松田氏は’87年石橋凌の結婚には仲人を務めた。
「優作さんがいつも言ってたことは意識を高くもつってことだね。映画でも音楽でもサラリーマンでも。それで、普通のことをどれだけちゃんとやれるかで決まってくるっていうね。
 それから優作さんは自然とか宇宙を完全につかんでた人だね。これはお葬式が終わった後にみんなでポツポツと話した時、みんな同じことを言ってたね。自然を自分でコントロールしてしまうっていうか。自分のお葬式の天候まで仕切ってたというか。「ア・ホーマンス」の撮影のとき、優作さんの役はレプリカントで、登場するシーンは必ず風が吹いていたり、霧が出てたりするのね。それはスモークをたいたり、扇風機をまわしたりしたんだけど、1シーン、ある大きな木があるシーンがあったの。その木をどうしても揺らしたいと。ところがその撮影の日は全然風のない日だったの。扇風機でやっても風が届かなくて出来ないわけ。みんなで、困ったねって言って考えてた。そしたら優作さんが、”よし分かった”って言って一人で木の下に行って、目をつぶって木に念じ始めた。そうしたら、しばらくしたら無風状態なのにその木が突然、ガーッって揺れ始めたんだよね。それで助監督が”今だ!!”って言ってカメラを回して撮ったという。もう、スタッフも役者もビックリして目が点になったよね(笑)。終わった後、飲みに行って聞いたの”優作さんあれはなんだったのですか?”って。そうしたら”いや簡単なことだよ”って答えたんだよね。だから上手くいえないけど、表現者としての意識の持ち方が凄く高かった。よく松田優作=ハードボイルドとか”探偵物語”とかのイメージが強いけど、あれは松田優作の何千分の一の世界だからね。もっと凄く深くて本当に一表現者として凄い人だったんだよ」と石橋凌は語ってくれた。
 そして、11月16日新宿パワーステーションでのARBのライヴで松田優作を追悼する出来事が起こった。ライヴが中盤にさしかかった頃、石橋は松田氏のことを話した。内容は”松田氏に何度も勇気づけられた。もし松田氏に会わなかったら今のARBはなかったかもしれない。そしていつも志を高く持ってと言われた。9月に会った時、近い内にARBのコンサートに飛び入りして一曲歌いたいと言っていた”と。そして、最後にこう言った。
「追悼の意味を込めて”アフター’45”を歌います。1番はボクが歌い、2番は優作さんに歌ってもらいます」と。そう、この曲は「ア・ホーマンス」の主題歌として使われた曲だ。マイクの正面に立ち1番を歌い終わると石橋はマイクから離れ後方に下がった。ステージ上のマイクは無人となり演奏が流れている。石橋は無人のマイクを見つめ微動だにしない。怒りや悲しむを込めた石橋の無言の叫び声が痛々しいほど伝わってきた。その無言の叫び声に呼応するかのように、突然2番を観客が拳を挙げ一斉に大合唱し始めたのだ。会場全体が松田氏の死を悔やんでいた。2番のサビの部分にくると石橋はゆっくりマイクに向かって歩き出した。半身の形でマイクの前に立った。その姿は松田氏とデュエットしているかのように歌いだした。歌い終わると観客から”優作!! 優作!!”という叫び声と大きな拍手に包まれた。ステージ上の石橋も無人のマイクに向かって拍手を送っている。ステージ上に松田優作氏がいるかのようだ。まさにARBファンでの追悼式だった。
 現在の日本映画界に疑問を持ちながらも、映画を愛し続けた男。”「ブラック・レイン」の完成パーティーに出席した時涙が出てしょうがなかった。映画の父の国に来れた”と石橋にうれしそうに語ったという。日本が生んだ偉大なる表現者、松田優作氏の御冥福を祈りたい。